ネタと燃えと萌えが三大栄養素。過去を振り返るのが特技です
「兄サマ、誕生日おめでとう!」
朝方家を出る時にそうモクバに言われて、海馬は初めて今日が何の日か思い出した。10月25日 己の誕生日。
「あれ、どうしたんだ兄サマ。あ、ひょっとして忘れてたな?」
黙ってしまった海馬をモクバはからかう。そう、確かに忘れていた。軽く苦笑して礼を言うと、モクバは嬉しそうに笑って海馬を見送った。
海馬という姓を手に入れてから、誰かに誕生日を祝われることは皆無と言って良かった。KC本社で仕事をこなしながら、海馬はそんなことを思う。義父は天地が引っくり返ってもそんなことをするような人間ではなかったし、海馬自身もその辺りのことに頓着する性格ではない。だから、海馬の誕生日を覚えていて、なおかつ祝いの言葉をくれたのは弟のモクバだけだ。今朝とっさに反応できなかったのもそのためだ。家の使用人を計算に入れていいかは判断しづらいので置いておくとして。
では、「海馬」になる前はどうだっただろう。思い出すのは幼い頃を過ごした孤児院と、もう顔も碌に思い出せない亡き両親のことだ。
『瀬人くん、誕生日おめでとう』
『瀬人、おめでとう』
おぼろげだが、確かに祝われた記憶がある。幼い己を温かな笑顔で祝ってくれた人たちの記憶 そこまで考えて、海馬は自分を笑った。
「ふん、何を埒もないことを」
過去は振り返らないのが己の信条ではなかったのか。まったくらしくない。弟からの祝いの言葉は嬉しかったが、それだけだ。何故感傷に浸るような真似をしなければならない。
頭の中から温い考えを追い出し、仕事を進めようとした時、机の上の内線電話が鳴った。
「何だ」
ボタンを押してそう聞くと、女性社員の声が返ってくる。
『社長にお客様です。武藤遊戯様ですが』
「通せ」
告げられた名前に、短く答えて電話を切る。時計を見ると午後四時を回っている。この時間に遊戯が来るということは、恐らく学校の帰りに直接訪ねてきたのだろう。課題やら何やらを届けに来たのかもしれない。
電話を切って数分後。書類に目を通していると、社長室の扉がノックされた。
「入れ」
許可を出すと、ゆっくりと扉が開いて小柄な少年が入ってくる。少年 遊戯は、海馬の姿を見て、にこりと笑った。
「こんにちは、海馬君」
「ああ」
遊戯は海馬の机の前までやって来て、自分の鞄から何枚かのプリントを取り出した。
「これ、今日学校で渡されたプリントと、君用の課題。出来れば今月中に出してくれって」
「分かった」
書類を脇へ置いて受け取る。手渡されたそれを、仕事のものと混ざってしまわないようにファイルに片付けようとした。
そんな海馬の姿を見ながら、遊戯は「あ」と声を上げた。
「どうした。まだ何か渡すものがあるのか?」
「ううん、そうじゃなくて。前にモクバ君に聞いたんだけど、今日って海馬君誕生日なんだってね。おめでとう」
海馬の手が止まる。中途半端にファイルに挟まったプリントがかさりと音を立てる。
「海馬君? あれ、僕日付勘違いしてた?」
「いや、違う。確かに俺の誕生日は今日だ」
それだけ答えて海馬は黙り込む。何か不思議な気分だった。今朝モクバに言われたのと同じ言葉だというのに。あの時も一瞬黙ってしまったが、あれは誕生日のことを忘れていたからこその反応だ。
今海馬が感じているのは、それとは違う、妙な、というか、違和感のような、いや、違和感ともまた違うものだった。まるで、今まで見たことのないものに出会ったかのような。
『兄サマ、誕生日おめでとう!』
『瀬人くん、誕生日おめでとう』
『瀬人、おめでとう』
記憶が巡る。昔言われた言葉。ごくありふれた、誕生祝いの
『海馬君、誕生日おめでとう』
( ああ、そういうことか)
海馬は不意に理解した。胸に沸いたこの感覚の正体を。
「海馬君……?」
不安げな顔をする遊戯に一つ首を振って答える。手に持ったままだったファイルを机の上に置いた。
「いや、何でもない。遊戯」
「何?」
「さっきの言葉、もう一度言ってはくれんか」
「さっきの? お祝いの言葉?」
「ああ」
「海馬君、僕のお祝いの言葉、もらってくれるの?」
「ああ」
遊戯は首を傾げていたが、海馬のその返事に笑ってみせた。
「よかった。じゃあ、もう一回。誕生日おめでとう、海馬君」
柔らかい遊戯の声に、海馬も小さく笑みを浮かべる。そして、いつになく穏やかな気分で言った。
「 ああ、ありがとう、遊戯」
「海馬瀬人」を祝ってくれた、初めての人間。
色々捏造してますがご勘弁を。誕生日おめでとう、海馬瀬人。
朝方家を出る時にそうモクバに言われて、海馬は初めて今日が何の日か思い出した。10月25日
「あれ、どうしたんだ兄サマ。あ、ひょっとして忘れてたな?」
黙ってしまった海馬をモクバはからかう。そう、確かに忘れていた。軽く苦笑して礼を言うと、モクバは嬉しそうに笑って海馬を見送った。
海馬という姓を手に入れてから、誰かに誕生日を祝われることは皆無と言って良かった。KC本社で仕事をこなしながら、海馬はそんなことを思う。義父は天地が引っくり返ってもそんなことをするような人間ではなかったし、海馬自身もその辺りのことに頓着する性格ではない。だから、海馬の誕生日を覚えていて、なおかつ祝いの言葉をくれたのは弟のモクバだけだ。今朝とっさに反応できなかったのもそのためだ。家の使用人を計算に入れていいかは判断しづらいので置いておくとして。
では、「海馬」になる前はどうだっただろう。思い出すのは幼い頃を過ごした孤児院と、もう顔も碌に思い出せない亡き両親のことだ。
『瀬人くん、誕生日おめでとう』
『瀬人、おめでとう』
おぼろげだが、確かに祝われた記憶がある。幼い己を温かな笑顔で祝ってくれた人たちの記憶
「ふん、何を埒もないことを」
過去は振り返らないのが己の信条ではなかったのか。まったくらしくない。弟からの祝いの言葉は嬉しかったが、それだけだ。何故感傷に浸るような真似をしなければならない。
頭の中から温い考えを追い出し、仕事を進めようとした時、机の上の内線電話が鳴った。
「何だ」
ボタンを押してそう聞くと、女性社員の声が返ってくる。
『社長にお客様です。武藤遊戯様ですが』
「通せ」
告げられた名前に、短く答えて電話を切る。時計を見ると午後四時を回っている。この時間に遊戯が来るということは、恐らく学校の帰りに直接訪ねてきたのだろう。課題やら何やらを届けに来たのかもしれない。
電話を切って数分後。書類に目を通していると、社長室の扉がノックされた。
「入れ」
許可を出すと、ゆっくりと扉が開いて小柄な少年が入ってくる。少年
「こんにちは、海馬君」
「ああ」
遊戯は海馬の机の前までやって来て、自分の鞄から何枚かのプリントを取り出した。
「これ、今日学校で渡されたプリントと、君用の課題。出来れば今月中に出してくれって」
「分かった」
書類を脇へ置いて受け取る。手渡されたそれを、仕事のものと混ざってしまわないようにファイルに片付けようとした。
そんな海馬の姿を見ながら、遊戯は「あ」と声を上げた。
「どうした。まだ何か渡すものがあるのか?」
「ううん、そうじゃなくて。前にモクバ君に聞いたんだけど、今日って海馬君誕生日なんだってね。おめでとう」
海馬の手が止まる。中途半端にファイルに挟まったプリントがかさりと音を立てる。
「海馬君? あれ、僕日付勘違いしてた?」
「いや、違う。確かに俺の誕生日は今日だ」
それだけ答えて海馬は黙り込む。何か不思議な気分だった。今朝モクバに言われたのと同じ言葉だというのに。あの時も一瞬黙ってしまったが、あれは誕生日のことを忘れていたからこその反応だ。
今海馬が感じているのは、それとは違う、妙な、というか、違和感のような、いや、違和感ともまた違うものだった。まるで、今まで見たことのないものに出会ったかのような。
『兄サマ、誕生日おめでとう!』
『瀬人くん、誕生日おめでとう』
『瀬人、おめでとう』
記憶が巡る。昔言われた言葉。ごくありふれた、誕生祝いの
『海馬君、誕生日おめでとう』
(
海馬は不意に理解した。胸に沸いたこの感覚の正体を。
「海馬君……?」
不安げな顔をする遊戯に一つ首を振って答える。手に持ったままだったファイルを机の上に置いた。
「いや、何でもない。遊戯」
「何?」
「さっきの言葉、もう一度言ってはくれんか」
「さっきの? お祝いの言葉?」
「ああ」
「海馬君、僕のお祝いの言葉、もらってくれるの?」
「ああ」
遊戯は首を傾げていたが、海馬のその返事に笑ってみせた。
「よかった。じゃあ、もう一回。誕生日おめでとう、海馬君」
柔らかい遊戯の声に、海馬も小さく笑みを浮かべる。そして、いつになく穏やかな気分で言った。
「
「海馬瀬人」を祝ってくれた、初めての人間。
色々捏造してますがご勘弁を。誕生日おめでとう、海馬瀬人。
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